誰も知らない遺書

2017.3.3.Freitag開始。。。ただのきまぐれひとり言

映画『ショコラ』に長い独り言

真夜中にテレビで見た映画『ショコラ』…

やっぱり宗教って人を堅くし過ぎて、人として必要な幸せに生きる為にも大切な柔軟な心を失ったりする気がするなと思います。

チョコレート、甘くて美味しいです。
たまには食べ過ぎてしまいます。
それもいいんじゃないかな。
命に関わるならそれは確かに重たい自己責任を問われるけど。罪だとは思わないかな。周りに特別に必要とする人がいればそれは死なない方がいいけども…。

糖尿病のおばあさんは治療への反発をやめて入院すると決意して、最後の快楽にと主人公に頼み込んで誕生日に開いてもらったチョコレートパーティの後亡くなってしまいました。
でも家族はそれを最後には否定的には感じていませんでした。

多分それは、頑固だったおばあさんをここまで素直に柔らかい気持ちにしたのはチョコレートだったからだと思います。パーティでのおばあさんを遠目から見た家族は気づきました。

ちゃんと言うと主人公の真心の優しさで振舞われたチョコレートだったからじゃないかな。

おばあさんの糖尿病を知らない主人公は自分の経営するチョコレートのお店に招待しておばあさんの閉ざした気持ちを気にかけていました。

強く頼まれたとはいえ、チョコレートパーティの後に亡くなったおばあさんなので、ショックで町を出て行こうとした主人公を、亡くなったおばあさんの家族は励ましました。誕生日のチョコレートパーティの時のおばあさんはとってもきれいで1番良い笑顔をしていましたから。
チキンにチョコレートソースはちょっとやり過ぎに見えましたが(笑)




あとは美味しいチョコレートを誘惑する悪だとして、人を惑わすものとして敵視していた厳格なキリスト教の神父みたいな男性がチョコレートにまみれた時、私は彼は人間になったと思いました。
彼の心のバランスがこれで良くなる様な気がしました。

でもそれも、一番彼を近くで見る弟子的な若い男性が、その姿をありのままにただ受け入れたからかもしれません。
もし弟子がチョコレートで汚れた彼を軽蔑していたら、彼は間違った真面目さで壊れていたかもしれない。町全体も更に縛られた様に堅い生活になっていたかもしれないと思えました。

厳格な神父?がチョコレートのお店を壊しに行ったのにチョコレートを食べまくって泣いて、いつの間にか眠ってしまい朝になった時の、それを見つけた弟子と店主である主人公の優しい対応がきっと彼を変えたんじゃないかな。

町の厳格なクリスチャンたちの歌ったり踊ったりしているラストシーンをとても良いと思いました。
本当の平和とか幸せみたいなものをそれぞれに見つけた様に見えました。

大丈夫だよ、チョコレート食べていいんだよと思いました。笑って明るい歌と踊りも甘い物も、きれいな聖歌で気を浄化して引き締めるのもどちらもいい。

野菜は身体に良いけど、野菜だけ食べてる人が体調崩す話があるんですから。偏れば栄養も栄養にならないんですから。バランスをとればいいだけです。


余談ですが私は昨日が誕生日。普通に過ごしちゃったけど、今日は好きなチョコレート菓子を食べようかななんて影響受けてしまいました。決めたー。

と言っても行くのはイオン。気になるチョコレートケーキがあるのです。おやつに千円は高いから我慢していたけど、昨日誕生日で何もしていないからいいやー。