誰も知らない遺書

2017.3.3.Freitag開始。。。ただのきまぐれひとり言

日誌

私は早い段階から気づいていた。
早いのか分からないが。とにかく気づいた。
言葉にしたらクサくて堪らないが、事実であること。

人は愛されないと、まともに暮らせないこと。

誰も意識しないで暮らせるからクサイと思えること。

愛情は、生きる上でもっとも基本的な必要最低限のもの。

体に水と食べ物が必要な様に。
心には愛情そのものが最低限必要だ。

体が窶れたり偏ってしまったり病気になる様に、
心も疲れ、窶れ、偏り、病む。
仕事になった時、誰もが犠牲にする「心」。

更にクサイ話をします。うんこじゃないよ。
人気の絵本はうんこの絵本なんだって。話が逸れました。

私がまだ、思い切り好きなだけ人を大好きだった頃、
本当に子供みたいな気持ちで仕事をしていた時の話。

とにかく人が大好きで、可愛く、優しい存在に思えていたあの頃。。あの頃ってところ、なんか照れた。まぁいいか。
人の喜びが私の喜びだった。本当にそうだった。
外を歩いていてすれ違う人たちさえ大好きな気持ちで見れた。とにかく私には「人」が素敵だった。
自分の何にもならなくても人の為だけに頑張れた。全く苦にはならなかった。寧ろ嬉しかったし、人の得や喜びになるなら俄然やる気が出た。アドレナリン全開だった。ドラゴンボールで言ったら悟空がスーパーサイヤ人になる感じで私はやる気になった。仕事は優秀の対極にいたが。
笑わないでほしい。人の為だけにスーパーサイヤ人になれる事を。たとえ3分しか持たないとしても!そうだよ、継続できる時間はウルトラマンさ。スーパーサイヤ人じゃない!こんなとこで裏切って裏目に出る人生。それが私だ。

と、ふざけてしまう癖が抜けないが真面目な話。

必要なんだ。愛情が。
それは存在を許されること。
間違いと、欠点と、醜さもかな?そんな、人に与えるものの無い負の感情の時も、そんな時間がある時も、それを見ても、知っても、変わらない。嫌にならない、そのまま好きで大事にするのが当たり前な。

必ず誰かがいてくれて、必ず限界を超える前に来てくれる誰かがいて、生きている。救われている。根本がまだ解決出来ていないとしても。

1番独りじゃ無理な時に本当に孤独か、敵の追い討ちだけ。限界を越えて越えて越えて数年もずっと独り。そんなんでまともに生活できる精神状態、体の状態、脳の状態を、保てなかったよ。どうしても。誰も過去を知らないから、やる気無しとか、楽の追求みたいに言われる。もう何も言わないさ。ただ、私もね、疲れるんだよ。


警備員をしている。
毎日通る人に声をかける。心の中でも声をかける。
私の分まで幸せになってねと。